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2010年7月7日水曜日

除草RELOADED

暑くなって
水温が上がって
稲たちも元気になった。

冷たい山の水、ゾウムシたちの食い倒れ大会などなどに苦しんでいた稲たちは少し顔色がよくなって背も伸びた(まだまだ平野の田んぼよりチビだけんど)。ただ、雑草たちも一生懸命だ。稲にくっついて”見えない!見えない!”作戦。まるで稲に抱っこされているかのようなコナギ。一日何センチも伸びるんじゃないの?!というほど伸び伸びと育つイネ科の田草。それに、田植えの前にきちんと刈った畦もまたジャングルへと変身。いつの間に?!とこころが叫んでいる。


畦刈りしつつ、今度は作戦を変えて除草機を導入。手作業よりはるかに速いけど、同じ列に並んでる稲と稲の間を残しつつ...それでも速っ!少し余裕が出てきて、田んぼの生きものたちをじっくり観察できるようになった。コオイムシの父ちゃんが卵を乗せ泳いでる姿を初めて目にした。田んぼのど真ん中でカメラも持たず...残念だった。それと、最近よく出てくるイモリたち。オタマジャクシも何世代目かな。マイペースのシマヘビ。襲いかかってくるヒルたちの軍団。生き生きしてるな、田んぼって。

作戦変更。友人から貸してもらった除草機。

捕まえたいもり。このままじゃ地味だけど、ひっくり返すと、超はでな色!






2010年6月22日火曜日

モリアオガエル -生まれるいのち、見守るいのち

お久しぶりです、NIKOです。

30数年生きてきて、初めて気がついたこと。それは自分が大のカエル好きだということ! というわけで、今日は私の大好きな里山のカエルさんを紹介します。私たちの田んぼの住人でもある、モリアオガエルさんです。

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モリアオガエルは、その名の通り森の中に住むカエルです。色は、個々で濃淡の違いはありますが、一様に鮮やかな緑色です。 コロコロごろごろいう鳴き声は、蒸し暑いさなかの田んぼ仕事にはもってこいのBGMです。 

                              どうも、モリアオガエルです

                          あの、そんなに睨まないでくださいよ・・・

(モリアオガエルの鳴き声はこちら 
 http://www.hitohaku.jp/education/frog/zukan/moriao.html  )


モリアオガエルの一番の特徴は、卵の産み方。水辺に張り出した木の枝に登って、泡のカタマリのような卵塊を作るのです。


一回り身体の大きなメスを取り囲むように何匹ものオスがやってきて、みんなで一緒に受精卵を足でかき回します。そうすることによって、メレンゲのように決め細やかな泡がたち、卵を守る卵塊になります。

たくさん集まってくるオス達。メスをめぐって、競い合っているようには見えません。かけがえのない命をつなぐために、じっと、見守りあっているというような、不思議な一体感がそこにあります。

1,2週間もすると、卵塊の中でオタマジャクシが孵ります。オタマジャクシはじっと雨を待ち、雨で解けた泡と一緒に、水辺にポトリポトリと落ちていきます。そしてそれからは、ほかのカエルたちと同じように水の中でオタマジャクシの時期を過ごし、やがて足が生えてカエルになっていくのです。

今年も、モリアオガエルの産卵を見ることができました。かけがえのない命が誕生する瞬間を、4歳になる息子は、息をつめて見守っていました。自分自身の、かけがえのない仲間達とともに。


壮大なドラマでありながら、音ひとつたてず静かに進行する誕生の奇跡は、小さな子ども達の胸にもしっかりと刻み込まれていくでしょう。

いつまでも、忘れないでいて欲しいと思います。
いのちが生まれる瞬間に、時を忘れて魅了された、この日のことを。

2010年5月19日水曜日

田植え


代掻きの終わった田んぼには、いろんな生き物たちが姿を現してくれる。刈った畦でヘビたちは日光を浴びたり、杉の木陰でアナグマさんがうんちを飾ったり…泳ぐのがちょっと苦手なミズカマキリの呼吸官を掴んで針のようなすらっとした体型を息子と一緒にみていると、少し深いところにタイコウチがいた。英名を直訳すると、”水中のサソリ”となるけんど、上の写真に写っているこの水生昆虫をみたら、やはり似ているね。

さて、いよいよ田植えだ。まずは熊手のようなもので線を引き、それに合わせて苗を3本くらいずつ丁寧植えていく。一番小さな『金魚の田んぼ』からスタート。苗を泥に預け、中指でちょこっと押して…決して難しい作業ではないけど、苗がぴったっと立つように、間隔を守るように、摘んだ束に苗が多かったり少なかったりしないように…考えてみれば、ポイントがたくさんある。要領をつかめるのに、時間が多少かかるだろうと思いつつ、作業にかかろうとしたところを、隣の田んぼのおばちゃんに止められた。「まずは、元気な苗になりますように、お願いします、というんだよ」、と。なるほど。田の神さまの力がなしに、稲作なんかできないね。みんなで苗たちに対して、田んぼに対して静かなお祈りをする。

手で捕まえたトンボさん。

息子も一生懸命だ。線に合わせて…

丁寧に作業をやってくれた。

苗がなくなったら、すぐに配達。郵便屋さんごっこでけっこう盛り上がってた。

晴天で、あったかい日を選んでよかった。田植えを終えた田んぼの水を再びせき止めて(植える前に、「水を払って」やらないと、深くて線を引けなかったり、濁ってしまうので、何も見えなくなったり…)、水温を高めなくちゃ。山の田んぼなので、苗たちが水をかぶってもいいくらい、ともかく水をたくさん入れておくのがポイント。雪解け水がなくなると、困っちゃうんで、水がたくさんあるうちに溜めておかないとね。


近くの沢でカニさんがいた。から揚げにしたら、美味しいかも。


田んぼの脇に生えている本ワサビ。

植えの田んぼから流れてくる温かい水のほうにオタマジャクシが集まってくる。温泉だ!

杉の木から田んぼを見守っているサギさん。

見守ってお米は手で作って、そしてお薬は使わない。これにこだわって小さな山の田んぼでを稲作に初挑戦、と格好よくいいながらも、一番下の、一番大きな田んぼの田植えをやっているときに、小さな田植え機でもいいのかと思った。腰を曲げて次から次へと苗たちを植えていく。果てしない列。1枚の田んぼを植えるのに、2人がかりで一日かかったもん。

2010年5月10日月曜日

田んぼ

こうやってみると、山の田んぼがチェコにみえてしまう。僕の実家からかなり離れた南部チェコ地方。17世紀に沼地を鯉の養殖のために無数の池が誕生した。池の岸には並木が並び…不思議なことに、能生の棚田を眺めると、ふるさとの風景が思い浮かぶ。
さて、連休はすっかり農民になって、田んぼの仕事に夢中だった。苗たちがどんどん伸びててもうじき田植えだな。たしかに、今はまさに田植えの時期だ。ただし、苗を植える前に、田んぼを起こさなければならん。山から冷たい雪解け水が流れているので、その流れをせき止めて水温を上げる。水を張るというんだ。オタマジャクシが大喜び。彼らの生き生きしている姿から元気をいっぱいもらえる。上の田んぼで温まった水が自分たちの田んぼへと入る場所を見つけ、オタマジャクシ温泉でじょんのび。真っ黒だよ。

田んぼの畦を固め、畦塗りしなければならない。畦を削って打って稲の株つきの泥をたっぷり入れて、そして最後にキレイな形に仕上げる。生まれて初めての作業なんだけど、なんだか楽しい。

次は代掻き。小型トラクターを貸してもらってとっても助かった。あっという間に終わった。何度も何度もくるくると廻り、”美味しそうな”、キレイな泥んこを仕上げて…焦っちゃいけない仕事。夕焼けとともに三枚目の田んぼの代掻きを終え、ほっとした。

息子も手伝ってくれた。オタマジャクシを捕まえて上の田んぼから下の田んぼへと。今度は真ん中の小さな田んぼへと運んでいく。大忙し。

オタマジャクシはもちろんのこと、アメンボやいろんなクモたち、それにミズカマキリ。今年もタガメを見つけるのだろう。
農作業の合間に駒打ち。ナメコとシイタケを作ろうかと思って…確かに、稲作だけじゃ、一姓だな。どうせなら、百姓を目指して…

後は畦の草刈をやってから田植えだ。

里山の春

連休から暖かい日々がずっと続いているけど、たった十日間前に(4月29日)桑取の谷へ入ったら、まだまだ雪がたくさん残っていた。かみえちご山里ファン倶楽部主催の春の散策会に今年も家族で参加して新緑を着たばかりのブナ林と雪を同時に味わってきた。
林の中からヤブサメのさえずりが聴こえ、サンショウクイの「ピリリ」も山に響いた(山椒を食べるとピリ辛いということから名前がきたようだ。)。川の方に降りたら、今度はオオルリのカップルが姿を現してくれた。樹のうろに寝ぼけたハクビシンがこっちをじっと見つめ、タヌキさんやイノシシのふんも発見。

コシノコバイモ

ただし、なんといっても植物たちがとっても美しかった。雪の溶けたところにはカタクリが花を一面咲かせ、コシノコバイモやコシノカンアオイ、コシ、つまり越後の越がつく、この辺でしか見られない品種の名前を憶えるのに今年も必死。

コシノカンアオイ

形が楽器に似ていることから名前をもらったコシノチャルメルソウ

ハナワサビ (食べたら、ピリッと辛く、美味しかった)

タヌキラン (まあ、多少似てはいるけど…)

ナガハシスミレをこの地域でテングスミレっていうのだ。たしかに天狗さんのお鼻にそっくりだ!

2010年5月2日日曜日

山の恵をいただきます

またまた登場のNIKOです。
今日はこの時期にしか味わえない山の恵をお伝えします!

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今年も待ちに待った山菜の季節がやってきました!この時期にしか味わえない山の恵には、どんな高級料亭の味もかないません。

山菜といえば、まずあがるのが山菜の王様タラの芽。新芽をてんぷらにしたり、茹でて胡麻和えにして食べることもあります。


それから、新潟ではタラの芽以上においしいと人気があるのがコシアブラ。香りがさわやかで、本当に美味しいコシアブラ。アクもなく、調理も簡単です。てんぷらで食べるのが一般的ですが、茹でて和え物にするもよし。そして今年我が家でハマったのは、コシアブラを刻んで塩もみし、ご飯に混ぜるコシアブラ飯でした! コシアブラおにぎりは、お弁当に最適。


さて、タラの芽やコシアブラに先駆けて、まず真っ先にもりに顔を出すのはコゴミです。コゴミもあくやくせが少なく、食べやすい山菜。てんぷらもいいですが、さっと茹でてマヨネーズでシンプルに食べるのが一番。息子も何本でもパクパク食べてくれます。


コゴミ・タラの芽・コシアブラが落ち着いてくると、ゼンマイやワラビの季節がやってきます。ゼンマイは採った後の下処理(綿をとって茹で、もみながら何日もかけて天日干しします)がちょっと大変ですが、煮物にすると最高の味です。ワラビは灰と熱湯に一晩つけてあくを抜いた後、様々な料理に変身! 煮物や炊き込みご飯が一般的ですが、我が家ではワラビをすりつぶして味噌を混ぜたワラビのとろろや、ごま油をめんつゆで和えて作るナムルが定番です。

                    (こんにちは、ワラビです)

ほかにも、山ウドやシオデ(山のアスパラと呼ばれています)、トリアシ(お味噌汁に入れると絶品!)など、この時期ならではの美味しいものがいっぱいで、春の森からは出てこられません。

採れたての山菜をその場で調理・・・最高のぜいたくですよね!ビールもすすみます! あ~、幸せ~♪


2010年2月27日土曜日


 毎年毎年田植えの時期が訪れてくると、馬の力を借りながら代掻きをやってきた人たちにとって馬というのは、とっても大切存在だった。そのような想いはあってこそ『馬』という小正月の行事が生まれただろう。桑取谷の一番奥にある横畑集落で一旦姿を消してしまった馬行事は地域の人たちとかみえちご山里ファン倶楽部というNPO法人のおかげでまた蘇らせてきた。豊作を願うという気持ちを込め、“馬”たちは集落の家々を回ってそして激しく跳ぶのだ。高く跳べば跳ぶほど、農作物がいっぱい採れると信じられてきただろう。

山かんじき



  直火で炙ったというか半分焼いたあぶらちゃんの木は充分に乾いてきたので、かんじきを完成させても良い時期になってきた。かんじきも今も使っていらっしゃる山村の先生たちに教えていただきながら、前と後ろの部分を合わせて固定し、かんじきの“爪”であるコボトケを付けた。爪のおかげで急な斜面でも滑らない、それに、猟師なら、撃ったときにちっとも動かないという。真ん中を縄で編んで靴をくっ付ける場所を作る。足の前も後ろも双方を動かせることによって斜面の登りでも楽々。できた!



2009年12月15日火曜日

男結び

結び方のマニアではない。僕はどちらかというと、苦手なほうだ。靴紐は最高のレベルみたいなやつ。新しい結び方を苦労して苦労して覚えたってすぐに忘れてしまいそうなタイプ。

じゃ、”男”がキーワードになるのか。女結びと比較してジェンダー論の展開か…そんな記事を書くつもりもない。

数週間も前のことだが、今年も山かんじきを作ってみた。越後の里山に必要なものとして今まで何度も何度もかんじきを作った地元のおじぃに教えてもらいながら、今年もあぶらちゃんの枝を切って火に炙って曲げてみた。曲げた直後、よい形に仕上げて即座に結ばなければならない。そのときは男結びの出番だ。越後の人たちを支えてきた男結び。それほど難しくはない。感動することなんかない。紐をう
まく結んでかんじきの型を固定する。おしまいだ。それだけだ。

でも、その結び方の中に何かが潜んでいる。里山の生活、いや人生の根
底がそこにある。忠実で、かつ簡潔だ。それに実用的だ。飾りなんかひとつもない。空想の世界じゃなく、現実だ。日々の山の仕事と田の仕事が細かく刻まれているおじぃの手をじっくりみながら、僕はそう思った。その瞬間に、本に書かれていること、大学で教えられていること、テレビで語られていること、すべては要らない飾りにしかみえなかった。その日に後何回もおじぃの素早い手は男結びについて物語ってくれた。言葉ひとつも口に出さずに…